ボルノー教育学研究 増補版 下巻
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『ボルノー教育学研究 増補版』(下巻) はしがき
第五章 ボルノーの道徳・宗教論
第一節 ボルノーの徳論
一 問題の所在
二 ボルノーの徳論の概括化
三 平明な道徳について
四 徳の本質と変遷
五 教育者の徳について
第二節 ボルノーにおける生の哲学と道徳の関わり
一 非合理主義の一般的特質と問題点
二 非合理主義と理性と啓蒙主義の関連性
三 非合理主義思想としてのロマン主義の位置づけ
四 理性の本質
五 生の哲学と道徳
六 理性と非合理主義との正しい均衡
第三節 ボルノーにおける実存主義克服の課題――新たな庇護性の教育学的意義――
一 実存的倫理の危機を克服する「随意性」の概念
二 包括的な存在信仰としての「安らぎ」の徳
三 ゆるぎない信頼に支えられた「忍耐」の徳
四 開かれた時間としての「希望」の徳
五 恩寵としての「感謝」の徳
六 連続的形式と非連続的形式の教育
七 新たな庇護性の諸徳の位置づけ
第四節 ボルノー思想の宗教的特質
一 問題の所在
二 ボルノーのキリスト教的実存主義を基盤とした宗教性について
三 ボルノーの実存主義克服における宗教性について
四 むすび
第五節 現代における「信頼」の教育的課題――ボルノーとエマソンの対話の可能性を求めて――
一 問題の所在
二 ボルノーの「新しい庇護性・信頼」概念を中心に
三 エマソンの「自恃・自己信頼」概念を中心に
四 「信頼」の教育学的意義
第六節 ボルノーにおける「希望」の教育学――「仮面を剥がす真理」と「慰め支える宗教的真理」の二律相関をめぐって――
一 現代を支配する「仮面剥奪の精神」
二 生活態度としての不信
三 「外ならない」の原理
四 真理の二重の顔
五 希望の教育学
六 ボルノーにおける希望の宗教的特質
第七節 教育人間学が問う「死」の意味――ボルノーにおける「死生観」を中心に――
一 問題の所在
二 死の実存哲学的解釈
三 ボルノーにおける「他人の死」の問題
四 生涯学習の一環としての「死への準備教育」
第六章 ボルノー教育思想の二十一世紀への展望
第一節 家庭教育の人間学的考察――ボルノーとランゲフェルドに学びつつ――
一 家屋の人間学的機能
二 ボルノーの「故郷喪失者」とランゲフェルドの「寄る辺なき」存在
三 家庭教育と子ども
四 家庭教育における父親の役割
五 むすび
第二節 ボルノーの女性教育論
一 女性存在の「神秘」の現象学的考察の可能性
二 ボルノーの「新しい庇護性」とボイテンディクの「持久・持続」
三 「探求」の様式と「静的な待機」の様式
四 女性の使命――人間の尊厳を守る事業に自己を献身すること――
第三節 ボルノーの平和教育論
一 問題の所在
二 現代ドイツの平和教育学の課題
三 ボルノーの「平和教育論」の思想
第四節 ボルノーの高齢者教育論
一 生涯学習からみた高齢者教育の意味
二 高齢者教育の二つの流れ
三 老年における教育の課題
四 ボルノーの高齢者教育論
五 高齢者教育の具体的提言
第五節 ボルノーの環境教育論
一 問題の所在
二 環境教育の役割
三 環境教育の新たな可能性
四 環境教育の今後の課題
五 ボルノーの「直観」理解と自然のかかわり
六 ボルノーにおける「都市・緑・人間」の関係
七 ボルノー晩年の思想としての「人間と自然」
第六節 この世紀におけるボルノーの位置づけ――貢献と課題――
一 はじめに
二 ボルノー思想の人間理解の位置づけ
三 上への超越――家庭の教育論・女性の教育論――
四 下への超越――高齢者教育論・平和教育論・環境教育論――
五 まとめ
あとがき
引用・参照文献/初出一覧
人名索引/事項索引
補論 第一章 ボルノーにおけるフレーベル幼児教育思想:理論編
はじめに
第一節 フレーベルの来歴と基本的な思想的特徴
一 フレーベルの来歴
二 西洋教育史家レーブレが強調するフレーベルの基本的な思想的特徴
三 ボルノーにおけるフレーベルの幼児教育論
四 フレーベルの「労作教育」の教育学的意義
五 フレーベル幼児教育思想とボルノー「新しい庇護性」概念の関連性
補論 第二章 ボルノーにおけるフレーベル幼児教育思想:実践編――「恩物」の教育学的意義について――
一 フレーベルの「恩物」考案と「幼稚園」設立の必然性
二 フレーベルの「恩物」の特徴と使用法
三 フレーベル幼児教育学の今日的意義――結語に代えて――
補論 第三章 西洋教育思想と教育の歴史
第一節 ソクラテス
第二節 プラトン
第三節 アリストテレス
第四節 コメニウス
第五節 ルソーの教育思想
第六節 ペスタロッチの教育思想
第七節 フレーベル
第八節 へルバルト
『ボルノー教育学研究 増補版』(下巻)あとがき